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飛梅とひょうたん・・🌸

わが街備忘録
02 /27 2018

お天気の良い日に、左腕に包帯・三角巾という目立ついでたちでありましたが、諸事雑用で出かけ帰りに太宰府天満宮ルートで春の雰囲気をあじわいに~♪



▲御神牛。みなさん賢き知恵を授からんとばかりに並んで待っています~。ナデナデ



飛梅(とびうめ)は、福岡県太宰府市宰府にある太宰府天満宮の、神木として知られるの木の名称です。

これは樹齢1000年を超えるとされる白梅で、本殿に向かって右側に植えられており、根本は3株からなっています。太宰府天満宮に植えられた梅のなかではいちばん先に咲き始めるとされています。
飛梅は元来、菅原道真の配所跡に建立された榎社の境内にあったが、太宰府天満宮が造営され、本殿前に移植されたともいわれています。
このほか、道真を祭神とする神社に株分けされたものが各地に現存しています。


平安時代の貴族・菅原道真は、平安京朝廷内での藤原時平との政争に敗れて遠く大宰府へ左遷されることとなった延喜元年(901年)、屋敷内の庭木のうち、日頃からとりわけ愛でてきた梅の木・桜の木・松の木との別れを惜しんだといわれています。その時、梅の木に語りかけるように詠んだのが、有名な次の歌です。


東風(こち)吹かば にほひをこせよ 梅花(うめのはな) 主なしとて 春を忘るな
初出。寛弘2- 3年(1005- 1006年)頃に編纂された『拾遺和歌集』巻第十六 雑春

東風ふかば にほひをこせよ 梅の花 あるじなしとて 春なわすれそ
「春なわすれそ」の形の初出と見られています。治承4年(1180年)頃の編纂でしょうか。『宝物集』巻第二。こちらのほうが現代の方には馴染みがあるかもしれませんね。

現代語訳:東風が吹いたら(春が来たら)芳しい花を咲かせておくれ、梅の木よ。
大宰府に行ってしまった主人(私)がもう都にはいないからといって、春の到来を忘れてはならないよ。



飛梅伝説
語り伝えによると、道真を慕う庭木たちのうち、桜は、主人が遠い所へ去ってしまうことを知ってからというもの、悲しみのあまり、みるみるうちに葉を落とし、ついには枯れてしまったという。しかし、梅と松は、道真の後を追いたい気持ちを強くして、空を飛びました。
ところが松は途中で力尽き、摂津国八部郡板宿(現・兵庫県神戸市須磨区板宿町)近くの後世「飛松岡」と呼びならわされる丘に降り立ち、この地に根を下ろした(これを飛松伝説と言います)。
ひとり残った梅だけは、見事その日一夜のうちに主人の暮らす大宰府まで飛んでゆき、その地に降り立ったといわれています(これが飛梅伝説
飛梅伝説の現実的経緯としては、諸説があるようですが、道真に仕えて大宰府にも同行した味酒保行(菅原道真が太宰府へ左遷されてからも随行された方)が株分けの苗木を植えたと。
この味酒保行の末裔の味酒安信さんから、私が若き頃、毎夏、我が家の横にある天現山安楽寺(太宰府天満宮)荒れ果てた天満宮墓所を清掃しながら教えていただいた話です。






数多くある瓢箪~。厄払いの一種なのですが、災難続きの今、したくなる気持ちもありますが、正直申しまして、私にとっては厄に見える現象も、日頃の一つの御神縁と考えております。生かされていることに感謝です。




帰り道、もあい君(勝手につけてます・・笑)にご挨拶しましたね。
以前もアップしてます。にらめっこしてる気分になるのでさっさと退散(^^♪



▲我が家の紅梅。白梅もあり、昔は天満宮の飛梅よりも咲き誇っていたのですが、平成15年の土石流水害から何故かあまり咲かなくなってしまった。剪定や土壌、水質にも色々工夫していましたが・・・







そんな中でも咲いているわずかな紅梅♪

私の夢の一つは、もう一度だけでもいいから

我が家の紅白梅を咲き誇らせてみたい・・・

あともう少しで我が家の中にも本物の春がやってきます。

その時には私の左腕もきっと元どおりに♪









ある日の休憩時間

日記
02 /19 2018

曇天なれど、こころのお天気は晴れ(^^♪

配送の仕事で福岡市内から約20Km離れたところまでやってきました。佐賀県境ちかくです。帰りに何やら公園にてふと立ち止まる。




腹減ったのでここで昼飯としゃれこみましょう~(笑)












▲どこにでもあるような殺風景な公園




▲側を九州自動車道が走ってます。




▲公園では親子連れが遊んでる~。何気ないですが、こういう風景の中で休憩するのは大好きです。



▲公園の横に可愛らしいポニーの人形でしょうか~?人形見つめながら、

ご飯を噛みしめながら、お茶、ついでに血圧まで計ってしまうこの余裕~♪


あのポニー???
かすかに動いている~~~







人形ではなかったとね~~(笑)

のどかなお昼休みおしまい(^^♪






焼の峠古墳

バイクで行こう!
02 /18 2018

午前中、雲一つない天気。また天気は下り坂へ?

陽気に誘われて、かえるの寺にでも行ってみようかと思いながら、南へ。

走りながら、なんとなく気分が変わってあてどなくついたところが、焼の峠古墳。

ここは太宰府から約15Km離れたところかな。

福岡県は朝倉郡筑前町四三嶋、小郡市との境目か?

まあ、小さい古墳だけど九州では一番大きな前方後方墳らしい。


周囲は、なんとも静かな畑の風景。



カラスが鳴いている。



なんとも長閑な日だ~(^^♪


























気持ち良いひと時でした~♪

でも、古墳って画像じゃ雰囲気はわかりづらいですね。空からなら??

You Tubeなら空撮ありそうだなあ~。







確定申告完了~(^^♪

日記
02 /17 2018

ヤッタ~、やっと終わった

確定申告終えてきましたよ~。

なんか毎年、これが終わるとほっとしますね。

毎月、ちゃんと帳簿つけていても、何故か決算書を作ってると

おや~???

とぶちあたる(笑)







確定申告とは、所得にかかる税金(所得税及び復興特別所得税)の額を計算し、税金を支払うための手続きで~す。

個人の所得の計算期間は1月1日から12月31日の1年間。

確定申告書や決算書などの必要書類をそろえて、翌年の2月16日から3月15日までに税務署に申告・納税します。

人によっては、確定申告を行うことで「納めすぎた税金が還付金として手元に戻ってくる」場合(還付申告)があります。

何はともあれ、
確定申告は
終ったんじゃ~






今村天主堂

バイクで行こう!
02 /09 2018




今日はちょこっと、時間ができたので、メビウス(400X)で、太宰府から約20Kmほど離れた三井郡大刀洗町大字今村にある今村天主堂にまでプ・チ・ツーリング。

天主堂に着くと、他にお客様もなく、一人の女性から丁寧にもご挨拶してくれ、この天主堂の建物、内部も案内していただきました。(内部は撮影不可です)



今村天主堂(いまむらてんしゅどう)というのは、福岡県にあるキリスト教カトリック)の聖堂です今村教会堂(いまむらきょうかいどう)などの名でも呼ばれています。

1913年大正2年)に竣工した赤煉瓦造りの天主堂(鉄川与助設計)は、国の重要文化財に指定されていいます。


今村天主堂は三廊式バシリカ型の教会堂です。建物外周部と正面の双塔、アプス(後陣)周囲は煉瓦造、内部は木造とする。外観はロマネスクを基調としています。

堂内は身廊と側廊の境をアーケードで区切り、アーケードの柱はコリント式柱頭をもつ円柱である。アーケード、トリフォリウム、クリアストーリーから成る三層構成の身廊、リブ・ヴォールト天井などを備えた、整った様式を示し、鉄川与助の代表作の一つです。







▲本田保神父の像

この地域はキリシタン弾圧の時代から今日に至るまで信仰を守り抜いてきた歴史があり、その信仰の象徴とも言える今村天主堂は信徒にとって、かけがえのない存在となっています。当時は現存していた建物では、信徒が2000人もおられたため、対応がしきれなくなり、ご寄付でも建築が困難な状況を鑑み、今村天主堂は本田保神父により計画されました。

特に寄付に関しては、本田保神父がドイツに渡り、多額の寄付と信徒たちの勤労奉仕により1913年(大正2年)に建築されました。







▲天主堂内、礼拝堂。ミサなど行事の時には中を観覧することはできません。今回初めて内覧できて、オルガンがあったのですが、その音色を一度は聞いてみたいと思いました。

福岡にある西南学院大学の先生がこのオルガンを演奏されたことがあるそうなのですが、オルガンの音色、そしてこの天主堂教会の音響の良さには大変驚かれたそうです。

フランス製のステンドグラスが大変美しかった。

天候の良い日に内覧できれば、ステンドグラスを通しての陽光が大変美しい。

天井は主廊部、側廊部ともにすべて板張りのリブ・ヴォールト天井(こうもり天井)になっています。



▲煉瓦の外壁も細部を見ると、煉瓦の目地などにその丁寧な造りを見ることができます。レンガ造りの双塔の教会は国内で唯一のものです。




まだ若干、雪が残っていました。


この今村天主堂は大変美しいものですが、築100年を経過して建物の老朽化に伴う対応ばかりでなく、昨年もまた北部九州水害などの影響もあり、さぞ、ご苦労があることは容易に推察することができました。

これだけの建物になれば、現代の建築物としての耐震構造検査もその費用だけでも数千万とのお話を聞かせていただき、高齢化社会の中では維持していくだけでも、大変なことです。

私はカトリック信者ではありませんが、宗教宗派を超え、この教会に思いを寄せて考える時間が持てたこと大変貴重な時間を過ごすことができました。

皆様も機会があれば、是非一度見学されてみてください。











下がれ、血圧♪

日記
02 /07 2018

前記事を受けて、血圧を下げるためにしてることを若干紹介。

まず、医師から高血圧が脳梗塞を再発させる原因となるとのことで、1日の中で血圧変動を正常値範囲内に留めること。

これが目下の課題。

去年リハビリ治療で使用していた血圧計です。👇

血圧測定時刻は朝、起床してすぐ(脳梗塞の兆候は朝、高血圧が出やすいため)と夕食前の2回。

2月5日(143mmHg/89mmHg、脈拍96、18:00測定)

2月6日(150mmHg/100mmHg、脈拍78、6:00測定)

2月6日(141mmHg/89mmHg、脈拍84、18:00測定)

2月7日(129mmHg/90mmHg、脈拍78、6:00測定)

退院してからの血圧が上が200mmHGを超えてしまうところから見ると、危険状態は脱しつつといったところでしょうか。




手首にはめて使うタイプ。(外出時でも使えるため)

〇食生活に関してはこんな感じ👇

ちなみにこれは前日の夕食。ご飯は1膳。アルコールなし。以前から、週末にちょっとだけ缶ビール飲むくらい。



〇これは、今日の朝食。👇それとスムージーがつきます。以前から納豆と黒豆は我が家では欠かせない。味噌汁や吸い物などは塩分が比較的多くなるので、朝だけ。

実はこれらの食事は病院の入院食からヒントで以前から変わらない。割とシンプルな食事と思ってますけど、皆さま、如何ですかな?

すると何だろう?
今回の脳梗塞の原因はどこにあるのだ!?

私はDrから水分補給をとれてますか?との問いに思い当たることが・・

それまでは、冬でも、お茶でも水でも1日1ℓ近くは平気でとっていました。

今年は、全くとれていませんでした。要は食事だけ気をつけても、水分とのバランスを欠くと結果としてコレステロール値が上がり、血管を傷つけ、脳梗塞を起こしてしまった、とみる方が正しいと思ってます。

我がごとなれど、皆さまの健康維持の何か参考になればと(^^♪




▲食事にも気を遣ってくれる家内や娘にも感謝♪



▲昔懐かし、錯乱坊(笑)(チェリー:アニメうる星やつらより)

現代は高齢化社会とはいえ、なんといっても情報の多い時代。自分にあった健康法を見つけられると思います。

はよ、バイクで旅に出られるようにがんばろう~。





ドロドロ~血!?

日記
02 /05 2018

今日は、脳梗塞で退院後フォローではじめて、診察にいきました。

血圧は退院してからのほうが高く(210/103)

Drからとにかく血圧を正常値範囲内に落とさないと危うしということで

約1週間で

目標値として

収縮期血圧130未満、
拡張期血圧85未満
という目標がだされました。

アラ~~~!?



DRからの挑戦的なフレーズ!!

私はたまらなく好きである

やってやろうじゃないのよ~ん







血圧管理手帳とその中味。これで毎日の血圧チェック!!

そしてDrから渡された資料の中に、血液サラサラ食品ランキングBEST10
というのが入っていた。

それによると




1位・黒酢

2位・梅肉エキス

3位・納豆

4位・青背魚

5位・黒豆

6位・緑茶

7位・トマト

8位・玉ねぎ

9位・ブロッコリー

10位・ビール

ビールが10位にゃあ、驚いた!?




ドラキュラ伯爵がドロドロ血を狙ってる~

皆さん、気をつけましょうね~。






雪化粧の西都

わが街備忘録
02 /04 2018

午前中ゼロ(クロスカブ)で雪山を楽しんだ後、午後から太宰府天満宮参道の雑貨屋まで用があったので、ついでに家内と散歩。

私は冬という時期は大好きで、中でも雪化粧の山や、街並みなど散策は大好きなのです。冬という時期、空気も大変澄んでいる気がして、その厳しい寒さの中に春を待ち焦がれる心を感じる時があります。



天満宮敷地内にある夫婦樟。

九州では、くすのき(樟、楠)は、よく見かける木で、山々や公園などで大きく育って人々に憩いを与えてくれる木です。
境内の空を覆うように太宰府天満宮の境内にも何本も大楠があります。

その大楠の中でも、仲睦まじく2本のクスノキが並んで立っています。
これが国指定の天然記念物の「夫婦樟」です。
★40年、太宰府に住む住人(笑)より
太宰府天満宮は学業の神様であまりにも有名なのですが、何故か長年縁切りで有名にもなっていますが(笑)、こられたご夫婦・カップル方は是非このクスノキを仰いでみてください。


これは、本殿よこにある包丁塚。



雪をかぶった太宰府天満宮本殿



本殿入口




参拝者を見守るように立つ、本殿と有名な飛梅。



有名な飛梅。飛梅が咲いたころには、しっかり写真をおさめたいですね。



用事を済ませたあと、今日は小野筑紫堂さんへ。ティータイムです。



抹茶セットと甘酒セット。すっきりした甘味の梅が枝餅の餡です。






小野筑紫堂の喫茶から拝見できるお庭。雪化粧がなんとも風情があります。

雪化粧を堪能した1日でありました~。









ゼロ(クロスカブ)、雪山に遊ぶ

ゼロで行こう!(終?)
02 /04 2018

〇今朝、お目めが覚めると・・・

おうちの近辺はなんと

雪が積もっているではないか!!

こんな日曜日は

ゼロ(クロスカブ)で

遊ぶにかぎる~~(^^♪



バルコニーからも雪化粧の太宰府市内が展望できるが・・・

私のやりたいことは、雪の岩屋城跡を撮影すること。

実は近くに居ながら雪の山城跡を撮ったことがありません。




四王寺山の山道もこんな感じです。

スノータイヤとブロックタイヤのコラボレーションを体感できる時が、こんなところでムフフ(^^♪

このタイヤのコラボは、わかりやすく表現するなら、丁度、自転車にエンジンを搭載して走るような感覚でしょうか。

ただでさえ、105Kgの軽い車体で、細身の軽いタイヤでカーブでクイクイと走り抜けていけます。

少しバランスが崩れそうになってもフロント荷重が軽く、コントロールがしやすくなっています。また後輪のブロックタイヤ(IRC FB12)の効果で山頂付近や日陰などのガリガリ状態の凍結箇所なら走ることが可能です。

アイスバーン状態は要注意であることはいうまでもありません。

カブは伝統の4段リターン式のギヤチェンジなのでエンストも気にせずに走ることができます。ただ、下り坂などではシフトダウン時ショックが今日のような道路状態の時には、リアタイヤを滑らせないように走りました。





前輪スノータイヤ(IRC SN12)

👇ブロックタイヤは、本来オフロード専用のタイヤなのですが、現在はオンロード/オフロード兼用というブロックタイヤもありますので、使い方によって、最適なブロックタイヤを選択することができます。



後輪ブロックタイヤ(IRC FB12)

スピードの出し過ぎには注意しましょう~(^^♪



岩屋城跡近くまできました。もう少し雪が深くても面白いかも~

ここからは、歩いていきます。




岩屋城跡。寒い~(^^♪ 風もかなり強いです~



強風が吹いて、粉雪が舞う太宰府市内




風が治まると。雪化粧の街中がくっきり。

ここからは、山頂から隣町の宇美町へ抜け、約20Km走って参りました。

退院後、短い距離ではございましたが、
うれしゅうございました♬












退院、脳梗塞とこれから

日記
02 /01 2018



●おかげさまにて、昨日1月31日に脳梗塞での10日間の入院から帰ってきました。

今回の入院では「まさか?」と思ったのははじめてであったのと、この病状の恐ろしさというものを痛感したのでとりわけ病の早期発見やなどにお役にたてればと思い

報告します。




症状の発現と入院までの経過



1月19日(金)午前7時ごろ、朝食をとっている最中にいきなり左腕に違和感を感じる。左腕を中心に左上半身が重い感じがする。今まで味わったことのない、かすかなジンジンというか、痺れに近い感覚がある。痛みとは違う。だが左手には茶碗をもったまま上げることはできるが、自分の思うように動かせない。



食欲はあるのだが、体が左へ傾く感がある。朝食も完食ですませるが2階の自室まで歩くが、両脚ともしびれ・麻痺はないが足取りが重たい。



実際には文章から読み取れるほどの違和感というより、多くの人ならば、『疲れかな?』『風邪の類か?』と恐らく見逃してしまうほどの軽微なものです。



しばらくは部屋で休んでいたが、昔、一人の医師から言われたことが思い出して気になって大事をとり、様子を見ることにした。



医師から言われたこと。実は私の父は8年前脳梗塞で亡くなっているのだが、その時、父の主治医から、私の右目の瞼にかすかな脂肪の塊が昔からあるのだが、これを指摘され、「あなた!絶対気を付けていないとお父さんのように脳梗塞で倒れてしまいますよ。」と指摘されていた。



そのことがずっと深層意識の中にあったのかもしれない。

翌日は、嘘のように症状はなくなっていて、ゼロ(クロスカブ)のタイヤ交換に出かけている。翌21日もゼロで新しいタイヤテストにでかけている。



四王寺山の31もあるカーブで不思議な変調に気がついた。左カーブへのラインへの入るタイミングが若干遅れがち。右カーブは問題なくクリアしていく。ちょっと不思議な感じであった。そして山頂でちょっと休憩していたが、日差しもよく、ちょっとうたた寝ぎみで、懐かしい竹の棒の鞭の音を聞いた気がして目が覚めた。



誰かから、怒鳴られている気分であった。



私の叔父が、昔戦時中に右足に銃弾を受け、片足が不自由になり、老いて脳梗塞になったおり、その神経症状と梗塞の症状を混同して脳梗塞の治療が遅れて大変な状況になったことを思い出した。



翌日1月22日(月)、朝食時に再び左腕に違和感があり、左足が若干重たい感じだが歩行には支障なさそう。が去年の事故の後遺障害の影響?かよくわからない。



理解しがたい症状に、まず、かかり付けの整形外科医へ診察へ。



先生からの回答は『腰椎骨折の神経障害が上半身に出ることは絶対にあり得ません。早く脳神経外科の専門Drに診てもらったほうがいい!』



早速、近くの脳神経外科のクリニックへ。そこで撮影された写真が下の写真です。

赤線の内側が脳内血流が低下をおこし、梗塞を起こしている箇所です。



先生の判断では「すぐに入院したほうがいい。ここでは入院対応ができません。すぐに連絡入れるから、急いで行ってくださいと‼』



3つ目に行った総合病院で、緊急にMRI検査が行われることになり、先生より間違いなく急性の梗塞状態であること。早速、抗血小板療法で点滴治療が開始されることになった。











☝ちょっとグロテスクな写真で食事中のかた,
もうしわけありません。


唯一の救いは、意識障害や身体機能の著しい低下がなく、昨年からリハビリを続けていたせいか体力の低下がないことからリハビリは必要がないことを告げられたことだった。

退院後は、血小板凝集を抑制して血液をサラサラに薬剤を投与したり、今回の病状のバックボーンとなった高血圧をコントロールする薬剤をずっと飲み続けることになります。

皆さま、ご案じめさるな~。今の状態なら・・・
好きなバイクは乗れます



入院中は、脳梗塞で亡くなった父を何度も思い出し、この脳梗塞の再発予防のことを考えながらの退院後の生活のことを考えこんでしまった。


☝病院のデイルームから



でも似合わない、色々考え込むという生き方にはよほど縁がないのだろう~。



思い出されるのは、いつも今を精一杯生きて死んでいった友たちのこと。



こんなことぐらいで悩んで貴重な時間を潰していては彼らに申し訳がない。











のぶさん

何を血迷うたか、55歳からバイク乗りはじめた、太宰府市居住の爺でございます。人生楽しめればそれでよろしゅうございます♪