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ライダーになろうとした男③ 運命の試練。普賢岳火砕流、土石流のあと・・

2 Comments
のぶさん
営業のエリアも広くて大変だったが、島原の、のんびりとした雰囲気に癒されることが多かった。
長崎での生活がはじまり、カズが、思いを寄せていたりさ、実は彼女から私に一人の女性を紹介され、とんとん拍子というのだろうか?
結婚の話になり、彼女の両親からも迎えられるようになっていた。カズも相変わらずメガホンで『お師匠様、ガンバレ~』って?おめでたい男である。

そんな頃、平成元年11月17日、雲仙普賢岳で最初の噴火が発生した。この数日前、私は雲仙越えをしている際、ツツジが異様に咲きまくってる光景を目にした。

自分自身、得体の知れない雰囲気を雲仙で味わうことが多くなった。翌、平成2年になり、2月と4月に小噴火が発生。(この時、雲仙越えをしている時、カラスの大群がまるで私の車を襲うように、フロントガラスにぶつかりながら逃げていった光景が忘れられない)

そして、あの日、1991年6月3日午後4時頃、雲仙普賢岳噴火に伴う大火砕流が発生した。それからというもの生き物のように火砕流は何度も・・・

そして、私は土石流が発生して、巻き込まれたが九死に一生を得た。忘れもしない。
いまだにあの時の恐怖はいまだに覚えている。

私は病院へ運ばれたが、気がついたとき、カズがきていた。
「先輩、大丈夫スか?」汗だくになりながら、彼は黒縁メガネを拭いていた。彼にはどう声をかけていいかわからなくなると、メガネを拭くくせがあった。
「先輩の仕事かたづけておきましたよ。」
「ありがとう。でもおまえ、自分の仕事は?」
「さっきまで、利香さんがきてましたよ。」
「何かあったのか?」

実は、火砕流、土石流の被害にあったのは、私だけではなかった。
私はいやな予感がして、カズに連れて行ってもらって、深江町の彼女の実家に行った。

数日前に見た彼女の家が、土石流に呑込まれてわからなくなってしまっているのだ。
(そんな馬鹿な・・・、私は自分の目を疑った。)
そしてその場に立ちつくしている、彼女とお母さんの姿をみつけた。
彼女の家族は避難していたため、怪我はなかったが、私はどう言葉をかけていいのかわからなくなってしまった。
「先輩!立ちましょう!立ってください!」カズに抱えられるように起き上がった。
「私たちは大丈夫だから、帰ってゆっくり休んで。お願い・・・」
今までみたことのない、彼女の沈んだ顔だった。

土石流発生時、天災とはいえ、これから家族となる人たちへの何かが欠けていたのではと自分を責めるようになっていた。
火砕流、土石流は私の何かを変えてしまったのか・・・

1カ月後、彼女がお母さんを連れて私のところへやってきた。
「ごめんね。ごめんなさい。」彼女の声。
「すいません、このたびの縁はなかったことに・・・」
「どうして?これからみんなで頑張っていけばいいじゃないですか!お母さん、利香!!」
「あなたのせいじゃないの!私達家族で話し合ったことなの」
「ちゃんと話してよ!」
「申し訳ありません。」お母さんの涙を見て何も言えなくなってしまった。

 私は何かわからないまま、喫茶店を出た。

その夜、カズと飲みに出た。りさが何か知っているのではないか・・・
りさに話すと、何か心配そうな顔をして、
「まさか・・・、ひょっとして・・・」
「もう、逢わないほうがいいかもしれないよ?」
「カズ!、お師匠様を励ますのがあんたの役目でしょう?」
「はい!、それは弟子の役目!先輩のために歌います!」

その時カズが歌った歌!
カズ、歌がホントに上手だった。

今、思えば何度アイツの歌に励まされたかわからない。

ライダーになろうとした男④ ふるさと福岡への思い

のぶさん
Posted byのぶさん

Comments 2

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・  
No title

カズさん

素敵な仲間 後輩ですね


③を読んで

何故か切なくなりました・・・・・

55ライダーα  
No title

> 恵さん、
切ない思い出も、今となっては、長い人生の中では大切な足跡の一つ。カズのような後輩に出会えたことも私の大切な足跡の一つ。
一つ一つを大切に受け止められるということ自体が、幸せなのではと感じます。