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仕事でバイクに跨る爺の日記。懐かしい映画、アニメなどの感想記事中心に記しています。

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バイクに跨る爺です。映画、アニメは一晩中語れるほど大好き。人生のカラータイマーも点滅中(o|o)のお年頃。目指すのはシンプルな生き方。

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📺日本のテレビアニメ昭和徒然史~アトム登場

📺前回の『懐かしの忍者アニメ⚔ 3作紹介』を紹介したあとで、幼い頃からほんと、よく遊んだり、テレビをかぶりついて観ていたなあ~と、昔を懐古してしまいました。あんな漫画もあった、そ~いえば、あんなアニメもあった、と。
まだ自分の記憶もけっこう残っていますし、現代はインターネットも普及しているので、時代の変化をご紹介しながら、年別に時節柄の話とも折り合わせて、アニメ史を掘り下げていっても楽しいかもしれません。膨大で、地道な作業になるかもしれませんが、少しづつ進めていってみたいと思います。

なんせ、子供の頃からの視点と、大学時代にアニメ研究で膨らんだデータ資料と戦いながら、YouTube(音質が良なので
)での動画も盛り込みながら色んな意味で個人的な好みや主観も入ることがあるかもしれませんが、ジジイのたわごととお許しを~(._.)

まあ、テレビアニメと言えば、まずテレビがないと始まりません。いろいろググってみますと、NHKがテレビ放送を開始したのが、戦後8年後の昭和28(1953)年2月で、8月には民放もこれに続いています。この年に国産初の14型。17型白黒テレビが発売されているようです。サラリーマンの月給が3万円といわれた時代に1台30万円前後と、まさに高嶺の花。そこで人気を博したのが街頭テレビです。以来、数年にわたり、力道山の活躍や大相撲の中継に人々は熱狂したものです。

★昭和32(1957)年に国産初のカラーテレビが、発売されました。しかし、NHKがカラーテレビの本放送を開始したのは3年後の話で、白黒テレビの世帯普及率は、まだ29.1%ほどだったようです。

★昭和34(1959)年には、皇太子殿下(現在の上皇陛下)のご成婚の模様がテレビで放映されています。当時、美智子妃殿下のお美しさに「ミッチーブーム」の旋風が吹き荒れたものです。

★昭和35(1960)年には、NHKや民放4社がカラーの本放送を開始し、「3種の神器」と呼ばれるテレビ・冷蔵庫・洗濯機が登場しました。私がおぎゃあ~~~と生まれたのがこの年です^^;
◆昭和38(1963)年には、20万円を切る16型カラーテレビが発売されましたが、普及台数は白黒1,600万台、カラーはわずか5万台ほどだったそうです。この年、初の日米間テレビ宇宙中継の実験放送がありましたが、その放送でケネディ大統領の暗殺現場が中継されてしまいました。

◆昭和38(1963)年に1500万件だったテレビ受信契約件数が、昭和42(1967)年には2000万件を突破しています。
⇩⇩⇩この1963年(昭和38年)にあの鉄腕アトムが登場しました。
1963年、1月1日~1966年12月31日 全193話
虫プロダクション製作

【アトムの設定】

鉄腕アトムは、21世紀の未来を舞台に、原子力(後に核融合)をエネルギー源として動き、人間と同じ感情を持った少年ロボット、アトムが活躍する物語です。米題では『ASTRO BOY(アストロ・ボーイ)』。

◆原作の設定では、アトムの製作者は天馬博士。交通事故死した博士の息子の「天馬飛雄」に似せて作られ、当初は「トビオ」と呼ばれていました。トビオは、人間とほぼ同等の感情と様々な能力を持つ優秀なロボットでしたが、成長しないことに気づいた天馬博士はトビオをサーカスに売ってしまいます。サーカスで団長に「アトム」と名付けられることになりました。やがて法律が制定され、感情を持つロボットに対して人間と同等に暮らす権利が与えられると、アトムの可能性に着目していたお茶の水博士に引き取られます。そして情操教育としてロボットの家族と家を与えられ、人間の小学校に通わされるようになっていきます。






当時、父が母と結婚した後、福岡から広島へ父の仕事で引っ越し、私は広島市内で生まれました。当時、10年以上経ってるとはいえ、市内にはまだ原爆での戦火跡も残っているところがありました。かすかな記憶にも残っています。幼い頃、私は借家のアパートでテレビもなかったんです。では、どこで鉄腕アトムを見たのか(+o+)??

▼そう、アパートには風呂もなく、アパートのお隣が銭湯だったんです。家の窓からは女湯が覗けたんです~(笑)
仕事帰りの父に連れられ、銭湯から上がって、1台のTVが。父が「始まるぞ~」って
ラムネ瓶瓶ラムネ飲みながら~。そんな時代だったんです~。

銭湯1

(銭湯画像は、イメージです。銭湯屋の息子がお友達。楽しかったなあ~~~)

鉄腕アトム

📺幼い頃、広島という街に住んだ頃、友達やその家族に後遺症など、戦後の余韻をくすぶっているところを多々感じていました。私は今でも、鉄腕アトムを見ると、そのキャラクターが子供の姿をとっているところが、手塚治虫先生のアトムを通して、未来への、平和への希望を込めて誕生させたのではないかと感じます。

アトムってやっぱり、凄いなって、還暦越えた今でも素晴らしいと思います。

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