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📺日本のテレビアニメ昭和徒然史~⑤

日本のテレビアニメ昭和徒然史
12 /02 2021
📺日本のテレビアニメ昭和徒然史~⑤
前記事でも、ご紹介しましたが、1965年(昭和40年)は、テレビアニメもこの年は多くの作品が放送されました。しかも、テレビアニメでもカラー放送が始まった年です。今日は、6月~12月放送開始分をご紹介します。

『遊星少年パピイ』(ゆうせいしょうねんパピイ)は、1965年6月3日~1966年5月27日 フジテレビ系列局放送
TCJ (現・エイケン)制作。全52話。

<遊星少年パピイ・ストーリー>
地球を除く太陽系の9個の惑星(冥王星およびパピイの故郷であるクリフトン星を含む)の人々は高度な文明を誇っていたが、戦争や犯罪が絶えない地球を警戒していました。優れた頭脳と強い正義感を持つクリフトンの少年パピイは、そんな地球の平和を守る事を依頼されます。パピィは使命が果たせなくなるのを恐れ、任務に必要な記憶以外を消してもらい大好きな母とも長の別れになるのを覚悟して地球に到達します。地球人に姿を変え、到達地の近所の牧場に住む少女リコと仲良くなり、彼女の家に暖かく迎え入れられます。

次々と起こる凶悪事件に対し、パピイは通信機兼用ペンダント・メタライザーを手にして「ピー、パピイ!」と叫ぶことで、クリフトン星にいた時と同じ遊星少年モードに変身します。アラビヤ(架空の国)の魔法使い・アジャババ、力自慢だが心は優しい元プロレスラー・ストロングらの協力を得て、飛行能力や超パワー、そしてメタライザーからのビームで様々な悪人を退治していきます。




【W3】
『W3』(ワンダースリー)は、虫プロダクション制作のテレビアニメ、およびそれと設定を同じくする手塚治虫のSF漫画作品です。
『ジャングル大帝』に続く虫プロ3番目のアニメ作品で、虫プロ内の余剰人員を活用する目的で出された企画をその端緒としています。『W3』が形になるまでに、2度、虫プロの企画と似たアニメが他の会社から制作され、虫プロではその都度設定変更を行ってきました。

漫画版は当初『週刊少年マガジン』に掲載されていたのですが、前述の設定変更の際、社内で内通者騒ぎが起こり、不幸にもその発端となった作品が『W3』と同時掲載となり、これを快く思わなかった手塚の意向によりマガジンでの連載を6回(1965年13号 - 18号)で打ち切ってしまいます。設定を見直した上で、掲載誌を『週刊少年サンデー』に変更して連載されました(1965年5月30日号 - 1966年5月8日号)。このことは俗に「W3事件」と呼ばれています。
【W3】
監督 手塚治虫
アニメーション制作 虫プロダクション
放送局 フジテレビ
放送期間 1965年6月6日 - 1966年6月27日
話数 全52話
【W3・ストーリー】

196x年、人類は無益な戦争を繰り返し、はるか遠くの銀河連盟の耳にも届いていた。そこで銀河連盟はW3(ワンダースリー)と呼ばれる銀河パトロール要員の3人を地球に派遣して調査を行い、そのまま地球を残すか反陽子爆弾で消滅させるかをきめることにしました。ボッコ、プッコ、ノッコの3人は地球の動物の姿を借り、調査をおこない、それぞれウサギ、カモ、ウマとなる。星真一少年は負傷していたW3を自宅の納屋にかばい、彼らと行動を共にすることになる。一方、真一の兄、光一は世界平和を目指す秘密機関フェニックスの一員として工作活動に従事していました。

W3は、地球人の暴力性に嫌悪感を抱くのですが、真一少年の純朴な人柄に触れて段々と考え方が変わっていきます。その後、プッコのミスでで地球を数秒で破壊してしまう反陽子爆弾が悪の組織に渡ってしまいます。それを知ったW3や真一達は反陽子爆弾を取り戻すべく立ち向かっていきます。




【オバケのQ太郎(第一作)】
『オバケのQ太郎』(オバケのQたろう)は、藤子不二雄(藤子不二雄Ⓐ、藤子・F・不二雄)による日本の同名漫画を原作としたテレビアニメ作品です。普通の家庭に住み着いたオバケが引き起こす騒動を描いています。

3度にわたり、アニメ化されているが、制作方針の違いから、それぞれつながりのない独立した作品となっています。

第1作「オバケのQ太郎」(1965年から1967年まで放送)
第2作「新オバケのQ太郎」(1971年から1972年まで放送)
第3作「オバケのQ太郎」(1985年から1987年まで放送)
1作目と2作目は東京ムービー(現:トムス・エンタテインメント。現在はセガの完全子会社)、3作目はシンエイ動画で制作。また、1作目はモノクロ、2作目以降はカラーで制作されています。

▼オバケのQ太郎、当時、ぼくたちの間でも大流行~🎵
★原作人気上昇中での放送開始となり、初回から30%以上の視聴率を記録。主題歌の『オバケのQ太郎』はミリオンセラーとなり、石川進が歌う主題歌『オバケのQ太郎』は、1966年第8回日本レコード大賞童謡賞を受賞しました。



『ジャングル大帝』(ジャングルたいてい)は、手塚治虫の漫画およびそれを原作とした一連のアニメ作品です。

【ジャングル大帝・概要】
アフリカのジャングルを舞台に、白ライオンのレオを中心とした一家3代とムーンライトストーンを巡って争奪戦を演じる人間たちの群像を描く大河ドラマです。4度にわたりアニメ化されています。

医学生時代は単行本の描き下ろしを中心として来た手塚治虫が、中央で本格的なデビューを飾った作品です。月刊漫画誌「漫画少年」に1950年(昭和25年)11月号から1954年(昭和29年)4月号にかけて全43回を連載。本来は『密林大帝』として単行本で描き下ろす予定だったのが、上京して偶然訪れた学童社で編集長の奨めで連載することになりました。連載開始時は4ページ、第2回からは扉ページのついた10ページに拡大になり、連載中は最大で16ページになるなど「漫画少年」の看板作品となります。以後の手塚は、単行本描き下ろしから、月刊漫画誌に仕事を切り替え、大学卒業後は漫画家に専念することになります。1951年に『鉄腕アトム』を「少年」で連載を始めるまで、少年誌での手塚の代表的な仕事が本作でとなります。

手塚は本作が連載後に日本公開されたアニメーション映画『バンビ』を百回くらい見たと語り、その影響で生きるための苦しさを描こうと、初めはハッピーエンドにする予定を変え、悲劇にしたと語っています。後にディズニー本家がアニメ版『ジャングル大帝』で育ったクリエイターによりアニメ映画『ライオン・キング』(1994年公開)が制作されたのではないかといわれています。

白いライオン誕生のエピソードとしては、手塚がかつて動物の絵本を依頼された際にライオンの絵を白熱灯の下で彩色したところ、黄色を塗るつもりが電灯の黄色い光のために白と黄の絵の具を間違えて塗り、出来上がってみると白いライオンになって没になった失敗談が発端と言われています。

ジャングルを舞台とする趣向は、手塚が少年だった1930年代初めにターザン映画などを代表とする秘境冒険映画、猛獣映画など人気を呼んだアメリカ映画の影響が指摘されています。具体的には、レオの父親パンジャの名前は1934年の『パンジャ』という猛獣狩り映画、設定は1933年の『密林の王者』などとする説があります。第二次世界大戦後の1950年代の日本では再びターザン映画が封切られており、その当時の日本の子供向け漫画や絵物語では、ターザンものやジャングルものは最もポピュラーなジャンルの1つでした(例えば山川惣治の『少年ケニヤ』(1951-1955, 産業経済新聞連載)がターザン的な絵物語の例であります。

ジャングル大帝・レオ

【ジャングル大帝・ストーリー】
本作の主人公であるホワイトライオン。白獅子パンジャの息子で、同じく白獅子。
母親エライザが動物園へ送られる道中の船の中で生まれるが、生まれて数日後に、レオだけでもジャングルヘ帰らせるべきと案じたエライザにより、無理やり海の上と追い出されてしまいます。その後は野生動物ながら人間社会でもまれることになります。そのため、人間の言葉が理解できるようになっていきます。

人間たちとの出会いや様々な経験を経て成長していき、故郷であるアフリカのジャングルに帰ってからは、次第に周囲の動物達からの信頼を経ていく事になる。『劇場版』と『進めレオ!』では妻にライヤ、子供にルネとルッキオを授かることになります。
原作および劇場版では、下山中ヒゲオヤジの命を救うべく、わざとヒゲオヤジに襲い掛かり、自らの命を捨てます。死後、ヒゲオヤジがその毛皮を身にまとうことに。

第3作ではトニーを人間の罠から救いだし、パンジャの森に迎えられる。その後ブブに襲われた際にマロディーから力で押さえ付けることを教えられる。しかし、そのせいでハイエナとリカオンの乱闘に参加し、多くの仲間を傷つけてしまいます。そのことをブブに指摘されたレオは追われるようにパンジャの森を出ていく。一人旅を続けるレオの脳裏にはライヤの涙やココやトニーとの思い出が過り、帰りたいという思いと、このままでは帰れないという意地が交錯していました。そんな中、様々な生と死を目の当たりにし、ジャングルへと帰っていきます。リョーナが死んだ後はライヤとともに暮らすが、心配ばかりかけ、毎回のように、ライヤの心配そうな顔が描かれている。

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▲ジャングル大帝1965年。OP&ED

私が、5歳の時のアニメで、このジャングル大帝は日本初のフルカラーアニメの作品ですが、当時我が家では白黒のTVを見ていて、早くカラーテレビが家にもこないかなと思わせてくれたアニメです。
このジャングル大帝は、このあと再放送などで観ることになるのですが、この壮大なジャングルを背景とした、動物界にみる家族愛、人間と交わり方など見るたびどんどん魅かれていって、アニメの持つ可能性に大変関心を持ち始めたのが、この作品です。音楽でも冨田勲さんが壮大なスケールを表現した曲はいつまでも心に残っています。



『ハッスルパンチ』は、1965年11月1日から1966年4月25日までNET系列局で放送されていた東映動画制作のテレビアニメである。全26話。
熊のパンチ、鼠のタッチ、イタチのブンが、悪役であるガリガリ博士とドタバタコメディ作品である。主人公3人の名前はアンタッチャブルに由来する。

あらすじ
パンチ、タッチ、ブンのみなしご三人組は、がらくた置き場にある廃車を家にして共同生活を送っていました。がらくた置き場の隣に屋敷を構えるガリガリ博士は、貴族だったという先祖の威光を取り戻すべく悪事をたくらむが、毎度三人組に邪魔されるので、子分のブラックとヌーに命じてあの手この手で三人を追い出そうとしますが・・・。




『戦え!オスパー』(たたかえ!オスパー)は、少年画報社『週刊少年キング』に連載されていた山野浩一原作、伊奈たかし画の漫画作品、および山野が脚本を担当したテレビアニメである。

【戦えオスパー・ストーリー】
超古代文明を築きながら突然水没したムー大陸。大陸住人の生き残りたちは、海底に築いたドーム内で暮らし始め、そして長い年月の末、ムー人たちは超能力を身につけてしまう。

時は現代。ムーのドームでは最高の超能力者を決めるべく、年に1度の戦いが行われていました。一人は正義感の強い少年・オスパーと乱暴者の少年・ドロメ。戦いはオスパーの勝ちとなりますが、敗れたドロメは腹いせにドームを破壊し、海上へ脱出します。オスパーもドロメの後を追い、地上世界へと出てしまいます。そこでオスパーはユミという一人の美少女と出会います。国際十字警察長官の娘である彼女の勧めにより、オスパーは国際十字警察のメンバーとなります。

やがて次々と起きる怪事件。これら一連の事件には全てドロメが関わっていたのです。オスパーはドロメと戦う一方でこれらの事件を解決するも、ドロメには逃げられてしまう。
追い詰められたドロメは、地球を破壊する最終兵器を発動させると、オスパーと最後の戦いをする。激しい戦いの末勝利したオスパーに、ドロメは「今までの悪事は、全て自分に勝てなかった僻みからだ」と負けを認め、最終兵器の場所を教えます。最終兵器の作動を停止させたオスパーは全てを許し、2人は海底のムーへ帰っていきました。




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のぶさん

55歳から短い脚で、二輪にまたがり、還暦峠も越えて、人生下り坂のアニメ好きジジイでございます。人生、特に極めることもなく、カラータイマーが点滅中(o|o)