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仕事でバイクに跨る爺の日記。懐かしい映画、アニメなどの感想記事中心に記しています。

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バイクに跨る爺です。映画、アニメは一晩中語れるほど大好き。人生のカラータイマーも点滅中(o|o)のお年頃。目指すのはシンプルな生き方。

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📺日本のテレビアニメ昭和徒然史~⑲ファンクラブ誕生編

📺日本のテレビアニメ昭和徒然史~⑲ファンクラブ誕生編

1972年の出来事では、やはり沖縄返還です。沖縄返還は1972年(昭和47年)5月15日に、沖縄(琉球諸島および大東諸島)の施政権が、アメリカ合衆国から日本国に返還されたこと(沖縄本土復帰)をさします。返還はされたが、いまだに多くの課題がのこされています。
沖縄返還

それでは、日本のテレビアニメ昭和徒然史~⑲回目は1972年上期(1月~6月放送開始分の紹介です。

『樫の木モック』は、タツノコプロ制作のテレビアニメです。カルロ・コッローディの児童文学『ピノッキオの冒険』をアニメアレンジした作品です。1972年(昭和47年)1月4日~同年12月26日までフジテレビ系列局で放送されていました。全52話。
【樫の木モック・あらすじ】
世界的児童文学『ピノッキオの冒険』をアレンジしたメルヘン作品。妖精に命を与えられ、 いつか人間になりたいと願ういたずら好きな樫の木の人形モックと、そんな彼に手を焼 きながらも優しく見守るゼペット爺さんとの物語です。
物語の後半でモックは「悪魔の人形」として役人に追われる立場になってしまいます。しかし逃避行先で多くの人々と出会い、時に救うことで自身も精神的に成長していきます。
物語のラストでは町の人たちを守るため、役人の前に名乗り出て銃弾を受けてしまいますが、町の人々が見守る中、人々が見守る中で人間の男の子として復活します。


作詞 - 丘灯至夫 / 作曲 - 越部信義 / 歌 - 小野木久美子(かおりくみこ)



作詞 - 丘灯至夫 / 作曲 - 和田香苗 / 歌 - 小野木久美子(かおりくみこ)


『ムーミン』は、トーベ・ヤンソンの同名の小説『ムーミン』シリーズ、および彼女と末弟ラルス・ヤンソンの共著による『ムーミン・コミックス』を原作とした、日本のテレビアニメシリーズ。

本シリーズは、フジテレビ系列『カルピスまんが劇場[注釈 1]』(毎週日曜19:30 - 20:00(JST))で、以下の2度にわたって制作・放送された。

1969年10月5日 ~1970年12月27日まで全65話が放送された、東京ムービー→虫プロダクション制作のもの。旧ムーミンと呼称されています。
1972年1月9日 - 12月31日まで全52話が放送された、虫プロダクション制作のものを新ムーミンと呼称されています。
この他にもシリーズ全体をまとめて『昭和ムーミン』や、初期のキャラクターデザインを担当した大塚康生の名前をとった『大塚ムーミン』と呼称する場合もあります。後年制作された『楽しいムーミン一家』を新作として、本シリーズの2作品をそれぞれ旧作の前期版・後期版と位置づけることがあります。

現在は、原作者や権利元の意向のため、ソフト化や配信・放送が一切行われておらず、視聴は困難です。



▲ムーミン (1972年版) OP 4K3K


1972年1月10日~10月2日までの月曜19時00分から19時30分にかけて、日本テレビ系列にて全39話で放送されました。製作はナック。また広告代理店は萬年社によっておこなわれました。

書籍『TVアニメ25年史』第1部「サタンの爪シリーズ」および第2部「マンモスコングシリーズ」は実写版をベースにしているが、第3部『ドラゴンの牙シリーズ』はアニメオリジナルと説明されています。

本作のアニメ化の背景には、1950年代の漫画のアニメ化によるリバイバルブームがあります。本作の経緯について、日本テレビプロデューサーの高橋修之は当時の記事の中で、リバイバルは昔の人気があることからスポンサーも付きやすいことを挙げており、実写でリメイクすると旧作と比較されるためアニメーションにしたとされています。一方、シリーズ構成の伊東恒久は、本作について川内康範氏原作の旧作のイメージを望んでいたそうです。日本テレビ側やスポンサーサイドの板挟みで悩み、終了が決まった際は落ち込んでしまったとか。

主題歌の歌詞は、実写版の「月光仮面は誰でしょう」と同じですが、曲はポップス調のものに変えられています。



▲▼月光仮面オープニング。旧作、アニメ作を比較してみましょう。



▲月光仮面 主題歌

1933年に制作された『月光仮面』拳銃に、バイクといい、あの跨り、思い切りレトロですけど、月光仮面はなぜかこれが最高だと感じます。


海のトリトン

1972年4月1日から同年9月30日まで、朝日放送を制作局として、TBS系列で毎週土曜日19時00分から19時30分に全27話が放送されました。本作より、この枠は、TBS制作番組から朝日放送制作番組に変更になっています。

当初の予定では、原作連載終了後に、手塚治虫が手塚プロダクションでアニメ化する予定でパイロット版も制作されたそうです。しかし、当時、虫プロの経営状態が良くなかったため、アニメ化の権利を手塚のマネージャーだった西崎義展氏が取得し、テレビ局への放送の売り込みに成功したといわれています。西崎義展氏のテレビアニメ初プロデュース作品であり、富野由悠季氏の初監督作品となります。虫プロ商事のスタッフを中心に設立されたアニメーション・スタッフルームで製作されることとになりました。
また、本作品は、日本で初めてファン主体のテレビアニメのファンクラブが作られたとも言われています。とりわけ女性ファンの人気が高く、1972年結成の『海のトリトン』ファンクラブの「TRITON」がそのファンクラブとされています。

【海のトリトン・ストーリー】
年老いた漁師の一平が、ある日、岬で拾われた緑の髪の赤ん坊を拾います。赤ん坊は「トリトン」と名づけられ、育てられるのですが、不吉な髪の色として村人たちから疎外されます。
トリトンはある日、一頭の白いイルカ「ルカー」に出会います。ルカーは、トリトンが、人ではなく海のトリトン族の最後の生き残りであること、七つの海を支配し暴虐の限りを尽くすポセイドン族とはトリトン族として戦う運命にあることを告げます。トリトンはイルカの言葉が判ること自体に狼狽し、それを信じようとしなかったが、一平がトリトンと一緒に拾ったトリトン族の衣装と宝物「オリハルコンの短剣」を発見し、ルカーの言うことが真実だと知ります。その時、トリトンを発見したポセイドン族の尖兵が漁村を襲い、トリトンは村を救うため、海への旅立ちを決意する。
トリトン族の他の生き残りを探すことと、父母の仇にして村の仇でもあるポセイドン族を倒すために大海原に旅立ちます。

旅の果て、トリトンは、ポセイドン族の本拠地へ乗り込みます。そして、ポセイドン族はアトランティス人によってポセイドンの神像への人身御供として捧げられた人々の生き残りであったことをしります。そして、ポセイドン族の逆襲を受けてわずかな生き残りのアトランティス人がポセイドン族に復讐するために生み出し、末裔であるトリトン族へ受け継がれた武器が「オリハルコンの短剣」だったのです。ポセイドン族がトリトン族を殺戮してきたのは、あくまでも自らの身を護るためだったのです。



▲海のトリトン 作詞 - 林春生 / 作曲 - 鈴木宏昌 / 歌 - ヒデ・夕木、杉並児童合唱団



本作は、1972年4月3日 ~ 同年12月25日の毎週月曜日19時 - 19時30分にNET(現テレビ朝日)系列にて全39話が放送された「東映アニメーション魔女っ子シリーズ」の第5作となります。

人間の世界にあこがれて、人間界に一家で引っ越してきたチャッピーとその一家が繰り広げるコメディー基調のアニメーション作品です。エピソードは一話完結の構成となっています。
【魔法使いチャッピー・ストーリー】
魔法の国の娘・チャッピーは、小さい頃オババから聞かせてもらった話や見せてもらった本の影響で、人間世界に憧れていました。ある日、王宮で開かれた舞踏会で、弟が起こしたいたずらをきっかけに起きた騒動から始まり、12時にパパの魔法が解けたネズミの乱入騒ぎに乗じて、チャッピーは、祖父の魔法の杖とオババの魔法の箒を拝借し、弟と共に脱走、人間界に家出してきました。
人間界も公害・交通事故・悪人なども氾濫し、思ったよりいい所ではないと気付きます。それでも人間世界に夢を求め、その晩たどり着いた「ニコニコ町」の空き地に魔法で家を建ててしまいます。
ところが建てたばかりのところへ、札付きの不良3人組が転がり込んできます。オババから人前で魔法を使っては駄目と聞かされていたので2人は魔法も使えず困っているところに、後を追って両親が現れます。
人前で魔法を使わないように気をつけていたチャッピー一家だが、パパが不良を追い出そうとして返り討ちにあった上にママにまで手を出されそうになったことでパパが逆上、勢いで魔法を使い不良共を撃退した。この一件をきっかけに一家は町に定住することになる。
チャッピーは弟、ペットのドンちゃんや両親らと共に人間と触れ合いながら、時には困った人々の力となり、時には自分が事件の引き金になったりしながら、問題や事件を魔法で解決していきます。

人間界の生活も順調にきたチャッピーでしたが、ある日、水害で遭難しそうになった一平を魔法で救った時に、一平に魔法の使用現場を目撃されてしまいます。魔法の国の掟を破ったチャッピー一家は大ピンチに陥ってしまいます。
チャッピーは責任を感じて、自害しようとしますが、だが魔法国の王のお情けで許される事になります。
ただし、掟を破った代償は大きく、チャッピー一家と係わった全ての人から記憶が失われてしまっていました。拠り所を失ったチャッピー一家はやむを得ず、ニコニコ町を去っていくことになります。



魔法使いチャッピー OP「魔法使いチャッピー」シンガーズ・スリー/ED「ドンちゃんのうた」富田耕生

『赤胴鈴之助』は、福井英一と武内つなよしによる日本の漫画作品であり、それを原作とするラジオドラマ、映画、テレビドラマ、テレビアニメをさしています。

北辰一刀流千葉周作道場(千葉が興し、指導した玄武館は実在する道場)の少年剣士、金野鈴之助の活躍を描きます。父の形見である赤い胴(防具)を着けることから「赤胴鈴之助」と言われる。

本作は、福井が過去に執筆した『よわむし鈴之助』を『少年画報』連載用にリメイクしたものです。連載作品ですが、1954年(昭和29年)発行の同誌8月号に第1話が掲載されたところで福井氏、急逝。当時、新人漫画家であった武内氏が後を継いで執筆、見事に人気作品に育て上げました。連載は1960年(昭和35年)12月号まで続けられました。

1972年4月5日から1973年3月28日までフジテレビ系列で放送。フジテレビと東京ムービーの共同製作。全52話。過去にラジオドラマ版や実写版を一社提供していた日本水産が筆頭スポンサーとなっていました(他社との複数社提供)。
【赤胴鈴之助あらすじ】
少年剣士・鈴之助は、江戸に出て、父の友人である千葉周作に弟子入りします。千葉周作の道場で修行を積んで、心と技を磨いていきます。そんな鈴之助に、兄弟子・竜巻雷之進との確執や、幕府転覆をもくろむ鬼面党との対決など、様々な事件が起きていきます。だが、鈴之助はいかなる苦難にも負けず、正義と剣の道を貫いていくことになります。

必殺技は、千葉周作の紹介で飛鳥流に弟子入りして伝授された「真空斬り」、物語後半では、それまで片手の手刀で2つにしていた「竜巻」を、両手で交差させながら同時に斬ることによって4つにする「十文字斬り」(後述されるアニメ版では「十文字真空斬り」と称す)にパワーアップさせます。



▲【公式】赤胴鈴之助 OP「がんばれ!赤胴鈴之助」│”A LITTLE SAMURAI”(1972)


【アニメドキュメント ミュンヘンへの道】

『アニメドキュメント ミュンヘンへの道』は、1972年4月23日から8月20日、および特別編として同年9月24日に不二家の時間(TBS)で放送されたドキュメンタリーとアニメーションを一体化させた番組である。

番組はバレーボール日本代表が、ミュンヘンオリンピック(1972年8月開幕)へ向けて取り組む様をチーム全体、あるいは選手個々のエピソードを交えて取り上げたもので、エピソード部分はアニメーション、また練習の模様などは実写映像を使って放送されました。

1971年にタツノコプロ制作、日本テレビで放映した『アニメンタリー 決断』に次ぐ「アニメによるドキュメンタリー作品」であるが、『決断』が太平洋戦争を題材にした歴史ものだったのに対し、『ミュンヘンへの道』はオリンピックに関連した同時進行ドキュメントであった。日本代表チームが本当に金メダルを取れるのかという視聴者の興味を盛り上げながら、オリンピック前哨戦の試合と連動させることで、メディアミックスともいえる演出効果が見込まれた。通常放送の最終回は、オリンピックでのバレーボール競技が開始される1週間前で、オリンピックでの優勝決定後の9月24日に、優勝を記念する形で総集編的な「特別編」を放映している。(ウィキペディアより引用)



▲ミュンヘンへの道 オープニング 1972年
作詞 - 阿久悠 / 作曲 - 渡辺岳夫 / 編曲 - 葵まさひこ / 歌 - ハニー・ナイツ
この曲、ハニーナイツが爽やかに歌い上げていて、個人的に懐かしく大好きな曲。名セッター猫田勝敏さん、『コンピューターの猫田』との異名をとるほどの素晴らしい選手でした🏐


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コメント

みやbee 2021/12/19 21:18  編集 URL

ミュンヘン!

ミュンヘンの男子バレーは興奮しましたね〜♪
私はプリンス嶋岡さんの大大ファンでした。
のちにバレー部に入部したきっかけのひとつでもあります。
いや〜、懐かしい青春の一コマ😊
のぶさん 2021/12/19 22:43  編集 URL

Re: ミュンヘン!

やっぱ女性は嶋岡さんに魅かれますよね~。

私は、当時広島にいたので、ご近所のよしみで大古選手の壮行会にも父と一緒に行きましたよ。

懐かしい!!
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