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1976年、デュオのダンス・ミュージック系アイドル登場♬

日記
01 /02 2022
1976年(昭和50年)当時、私は高校生。この年は、このお二人がTV界を、音楽界を瞬く間にピンク色に染め上げてしまいましたね。そう・・・

ピンク・レディー

のお二人がデビューしました。

ピンクレディー

▼デビュー曲は『ペッパー警部』💛


ピンク・レディー / ペッパー警部 (1976) (4K AI Enhanced)

ピンクレディーのお二人・・・💛

💛ピンク・レディー (Pink Lady) は、1970年代後半から1980年代初頭にかけて活躍したデュオのダンス・ミュージック系アイドル。ミー(現:未唯mie)とケイ(現:増田恵子)の2人組。多くの楽曲を故、阿久悠(作詞)・都倉俊一(作曲)のコンビが手がけてきました。所属事務所はT&C ミュージック、音楽出版権利・管理はバーニングパブリッシャーズです。


ピンク・レディー / 渚のシンドバッド (4K AI Enhanced)


ピンク・レディー / UFO (4K)


ピンク・レディー / サウスポー (日本作詩大賞) (4K AI Enhanced)


💛中学・高校と同級生同士だったお二人は、YAMAHA音楽が主催するオーディションに合格し、『クッキー』というデュオをつくってプロをめざしていました。

二人は、当時の人気番組『スター誕生』で素朴な衣装で無名の曲を歌って合格します。歌手デビューに際し、全く異なるキャラクターにプロデュースされました。手足を露出したキラキラ光る生地のミニの衣装(デザイナーは野口庸子)と、リズムやビートを強調した曲調によって、田園風景が似合う素朴な二人組が、派手な歌謡デュオになりました。大胆に太ももを開いたりする激しくセクシーなダンスを行うことから、デビュー当初は、成人向け深夜番組の出演が多かったと記憶しています。

作曲家・都倉俊一は、「カクテルのピンク・レディーに因み『ピンク・レディー』と命名したので『ピンク・レイディーズ』(複数形)にはしませんでした(^^)」と述べています。皆様もよくご存じのとおりで、第四弾シングルの渚のシンドバッドが爆発的ミリオンセラーとなって、この曲によって、ピンクレディーの人気はもはや“社会現象”となり、日本列島に“ピンクレディー旋風”が吹き荒れました。

ご覧になられてる女子の皆さ~ん、授業の間の休憩時間に、お昼休みにみんなの前で踊りながら歌っていませんでしたか~!? そこの男子、お二人の若さの色気にムラムラきたでしょ~💛海や山で、皆さん歌っていたでしょ!?とにかくその人気は凄かった~。

ピンク・レディーのお二人はアニメ作品にもなりましたね~。



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コメント

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憧れのおみ足。

キラッキラ眩しいデュオでしたね✨
今でもイントロ聞くだけで勝手に体が踊り出すほど染み付いてますが、まあ1分で酸欠ですわ。

Re: 憧れのおみ足。

女子は、みんなスカート捲りながら「セクシ~💛」「セクシ~💛」
「いちころでダウンよ~」
「そんな足で、誰が、ダウンするか!(笑)」

みんな、おばさん~
おれも、おじさん~
ピンクレディーのお二人は、3分ぐらいはもつでしょう!?

懐かしかね~、あの頃(^-^;



のぶさん

55歳から短い脚で、二輪にまたがり、還暦峠も越えて、人生下り坂のアニメ好きジジイでございます。人生、特に極めることもなく、カラータイマーが点滅中(o|o)