◆日本のテレビアニメ昭和徒然史(74回)1ヶ月未満打ちきり編の今回は、1982年(昭和57年)上期(1月~6月放送開始分)PARTⅢをご紹介します。
【ゲームセンターあらし】
『ゲームセンターあらし』は、すがやみつるによる日本の漫画作品です。『(月刊)コロコロコミック』(小学館)にて、1978年と1979年の2回、読み切りが掲載され、1979年から1983年まで同誌に連載されました。また、『小学一年生』『小学二年生』『小学三年生』で連載、もしくは掲載されていました。1982年に、シンエイ動画制作・日本テレビ系でテレビアニメ化されました。2013年には、ぽこぽこにてWeb漫画として原作をほぼそのまま無料で全話読むことができるサービスが行われました。ここではテレビアニメ作品の紹介をします。
【ゲームセンターあらし・制作、放送データ】
原作:すがやみつる
企画:吉川斌(日本テレビ)
プロデューサー:武井英彦(日本テレビ)、児玉征太郎(シンエイ動画)
チーフディレクター:小華和ためお
作画監督:岡迫亘弘
メカニックデザイン:竹内昭
美術監督:高野正道
美術設定:工藤剛一
撮影監督:金子仁
編集:岡安肇、小野寺佳子、小島俊彦
録音監督:浦上靖夫
音楽:馬飼野康二
制作協力:土田プロダクション
制作:日本テレビ、シンエイ動画
放送期間:1982年4月5日~9月27日 全26話
放送局:日本テレビ
🧐当時、この作品の背景にゲームセンターが大人気の時代で、小学生までがゲームセンターにたむろして不良化するという問題がありました。こうした子供たちの不良化を考慮して漫画でも、あらしが行きつけのゲームセンターに出入りできなくなるという展開になります。はじめの数話を除いて、結局ゲームセンターで対決する話はなくなり、舞台も徐々に荒唐無稽になってゆき、スケールアップしていきました。
こうした経緯からとんでもない秘技(必殺技)もこの作品の売りになってしまいました。最初のうちは、ゲームに必須な動体視力を鍛えるとか、バランス感や筋力を鍛えるなど現実的なものであったが、エスカレートしていき、「月面宙返り」とか「炎のコマ」などわけのわからない技を露出するようになりました。
当時、私は社会人になって東京へ行き、休みの日などに新宿歌舞伎町とかにいくとゲームセンターにたむろする子供たちもみかけました。ネタ的には漫画だけで抑えておくべきだと個人的に感じてしまった作品。
👇中毒的にはまったかたも多いのでは・・・スペースインベーダー
私もやりましたけど、絶対ハマります。同期の連中で「お茶のみに行こう~」って喫茶店へ。
喫茶店の中でさえ、ありましたよ。そうコーヒー飲みにいくのではなく、インベーダーを見に、いや撃墜しにいくのです。
▲【実演】名古屋撃ち
素晴らしい~テクニック
【手塚治虫のドン・ドラキュラ】
『ドン・ドラキュラ』は、秋田書店『週刊少年チャンピオン』で連載されていた手塚治虫の漫画作品である。1979年22号(5月28日号)から同年50号(12月10日号)まで連載。1982年に、これを原作とするテレビアニメ『手塚治虫のドン・ドラキュラ』が放送されました。2015年には、ネルケプランニングが主催する同名の舞台公演『ドン・ドラキュラ』が行われています。ここでは、1982年のテレビアニメ『手塚治虫のドン・ドラキュラ』をご紹介します。
と、書き出したいところなのですが、実はこの作品は、日本で放映された連続アニメ番組のうちで最も少ない話数で打ち切りになった番組であるとされているのです。制作自体は放送の1年前から開始され、脚本自体は既に第21話分までが完成していたと言われています。
ところが、担当した広告代理店の倒産によりスポンサーを集められず、テレビ局への電波料の未払いにより、東京では放映は第4話までで打ち切られている。地方によっては完成していた第8話までが放送されました。
テレビ放送されたアニメ番組のうちで1か月にも満たない短い期間で打ち切りとなったケースは極めてまれなケースです。実質的な最終話となった第8話も、漫画版の第1話と最終話をベースに構成されました。本作は基本的にコメディ・ギャグ色が強い作品でした。手塚氏自身も楽しく作品を描いていたと「手塚治虫漫画全集」で述べています。その一方、回によっては時折、人情味や風刺色あふれる描写もみられ、時事性や怪奇色の強いエピソードもいくつか見られます。
▲ドン・ドラキュラ 第1話「ドラキュラ殺しがやってきた」【公式アニメch アニメログ】
【手塚治虫のドン・ドラキュラ・制作、放送データ】
原作:手塚治虫
製作:池田公雄、木村一郎
企画:手塚プロダクション、三京企画[10]
構成・脚本:小山高男
チーフディレクター:落合正宗
作画監督: 内山正幸
美術監督:下川忠海
音楽:山本正之、神保正明
プロデューサー:鳥海俊材、丹羽純一、由井正俊
作画:グリーン・ボックス、アニメアール、樹林動画、スタープロダクション、シャフト
背景:スタープロダクション、ポップ
色指定:鈴木一海
仕上:オスカー企画、スタジオ2001、ヤマトプロダクション、グリーン・ボックス、シャフト
撮影:ティ・ニシムラ、上田雅英
編集:坂本雅紀(井上編集室)
現像:東京現像所
録音:東北新社
音響監督:松岡裕紀(スポットライト企画)
調整:堀内勉
効果:倉橋静男(東洋音響)
制作担当:神山千明
制作デスク:田中信吾
制作進行:皆川拓哉、鈴木元務、末広真己、今井広美
演出助手:山崎友正
協力(動画):グリーン・ボックス
制作:三京企画、じんプロダクション
放送期間:1982年4月5日~1982年4月26日 全8話
放送局:テレビ東京
🧐本作をみると、真面目な話、1本のテレビアニメ作品を制作して成功するというのは、ほんとに難しいと思います。作り手側と鑑賞側の感性のズレもあれば、現実的な制作資金の問題、視聴率、だけでなくスポンサー側の状況まで影響してきます。大学当時は、アニメ研からの関係で、若干外注依頼から作品制作も関わっていましたので、アニメ制作の大変さを学べたことは、良い経験になりました。テレビアニメって日本が生んだ文化のひとつであり、日本の誇れる産業の一つだと思います。
まだまだ、日本のテレビアニメ昭和徒然史は続きます。よろしくお願いします(^_^;)
(インターネット動画配信)
2007年からは、Yahoo!動画などのインターネットテレビサイト上の「手塚治虫アニメワールド」(手塚プロダクション)コーナーで全話が有料動画配信が行われています。
「日本で最も早く打ち切りになった」との要旨が、掲載されています。
2013年12月19日からYouTubeの「手塚プロダクション公式チャンネル」で、第1話の一部(OP付き)を無料配信していましたが、6年後の2019年12月18日より同チャンネルで第1話全ての無料配信を開始、そして2020年4月27日より同チャンネルで第2話以降の話を期間限定での無料配信を行うようになりました。
2021年4月19日からは、YouTubeの「アニメログ」で第1話からの無料配信が行われています。
【トンデラハウスの大冒険】
『トンデラハウスの大冒険』は、テレビ東京系列局ほかで放送されていたタツノコプロ製作のテレビアニメである。全52話。テレビ東京とテレビ大阪では1982年4月5日から1983年3月28日まで、毎週月曜日の17:55 - 18:25枠 (日本標準時)にて放送。 いのちのことば社がメインスポンサーを務めていた、聖書アニメの第2弾(俗に言うタツノコ聖書3部作)。『アニメ親子劇場』に続いて企画・制作されました。
【トンデラハウスの大冒険/・制作、放送データ】
制作:吉田健二
企画:柳川茂
監修:島村亀鶴(富士見町教会名誉牧師、明治学院院長)
音楽:高田弘、千代正行
チーフ・ディレクター:樋口雅一
キャラクター・デザイン:福岡元
作画監督:椛島義夫、山崎猛
プロデューサー:谷口肇、井上明
原画:向中野義雄、竹内留吉、他
動画:東海林真一、中村美子、他
編集:井上和夫、越野寛子
現像 - 東京現像所
音響ディレクター:福永莞爾
音響制作:ザック・プロモーション
製作協力 - スタジオ古留美
製作:タツノコプロ
放送期間:1982年4月5日~1983年3月28日(テレビ東京、テレビ大阪)
放送局:テレビ東京系列ほか
【トンデラハウスの大冒険・あらすじ】
主人公ゲンやカンナカンデンチンは、待夢時男博士が作成した家型タイムマシンに迷い込んでしまいます。しかし、事故で1世紀の世界にタイムスリップしてしまいます。ゲンたちは壊れたトンデラハウスを直しながら、偶然出逢ったイエス・キリストと彼の弟子たちの生涯を追うことになってしまいます。
▲トンデラハウスの大冒険 「トンデラハウスの大冒険」
●オープニングテーマ - 「トンデラハウスの大冒険」
作詞 - 伊藤アキラ / 作曲 - 中村勝彦 / 編曲 - 高田弘 / 歌 - 藤本房子